伊豆半島最南端・神子元島 釣行未遂1
20年5月 島原半島

プロローグ 未遂

 本格的な秋を迎え新しい仕事がはじまった。組織の規模的にはそこそこ大きな部類の会社だ。オフィスの雰囲気の違いからして前の職場は全くもって中小企業だったことを実感する。新しい職場はグループでみれば東証一部上場企業。そこの一会社に過ぎないけれど、管理職として迎えていただいた。

 思えば前の職場は私にやりがいある仕事と責任を与えようとはしなかった。もし与えると自分の立場が危うくなると、現状維持バイアスが優先されたようだ。当方の社内における影響力を漸減させることにやっきになっていて、どうでもいい理屈を捏ねて役職を剥奪した。味方のフリしてるだけで悪いヤツと印象操作までしていた。精神的に縮こませた状態で自らの下に置いておき、自らのどうでもいい立場を正当化する道具としてくだらんアポの同行を強要し、当方の事務処理能力の利用とアイデアをパクるだけパクってきたのである。忙しさとは無縁ではあったが虚しさで心は満たされ脳内が疲れ果ててしまっていた。

 そんな当方が辞めるにあたって、利用するだけ利用してきた一派からは引き留めにあったが当方の知ることではない。私のアンチ一派はガッツポーズを決めてたことだろう。元々はアンチではなくそれなりに個人の能力を認めていたドリーマー取締役がアンチ勢力の領袖となっていた。ただし沈みゆく船上での喝采は虚しい響きに聴こえたのではないだろうか。

 私の退職後、社長は急病で寝込んでいるとか。言い方は悪いがもうそのまま寝込んでいればいいんじゃないか。彼が社を率いた10年間、喧嘩だけは達者な彼は社内の敵対しそうな勢力を芽の段階で潰すほど巧妙に自らの立場を保持してきたが、味方になり得る有能な人間まで刈り取ってしまったことで、会社の成長のための仕事は何も出来ず企業体質は相当に劣化した。妙な「社内改革」とやらの連続で盾突く雰囲気皆無の草食ばかり上に引き上げ次第に物が言える和気藹々の雰囲気は消え空気は日増しに暗くなっていった。

 ただしもし仮にこのマネジメント能力、経営ビジネス能力、アイデア創造力ゼロのパワハラ社長が退任したところで次の社長候補はとんでもないドリーマーかつ他責体質の人物、ドリーマー取締役である。仮にも業界に名が轟く名門企業だが新興のライバルたちは徐々に力を増している。OBとしてはつらいところだが人的能力不足、資金不足の現状では他企業グループ傘下とならない限りあと10年持つかどうかだ。

 そもそも無理なことはしなさんなということだ。閑話休題。前職の批判ばかりになってしまった。当方はいま与えられた職責はきっちりと全うしたい。

常軌を逸した感のある歓迎会

 ところでコロナ下の企業の歓迎会はどうなっているのか。部としての飲み会は行わない、部門の人からはそう聞いた。前職の送別会は個別実施だったし、そういうのものと理解していた。だがどんな組織にも職場の人間と呑みたくてしょうがない人はいるのだ。それがここでは当該部門の役員である。ほかの部の連中は軒並みお断りが入ったようで当方のみ参加した。と思ったら別部署の方が一名みえられた。あとから振り返ればこの方の役割はただの生け贄に過ぎなかった。

 まだまだ古い体質が残っているであろう業界の手荒い洗礼を受けた。飲みへ行った先は注文がタッチパネルの格別にリーズナブルな居酒屋だ。そこまでならまだ許せる。問題はここから先だ。その役員は飲めど飲めど酔わない。話を向けると顔が赤くならないから酔ってないように見られると弁明する。しかし軽やか過ぎない弁舌からして常識的に酔っていないレベルだ。それに加えて飲むペースは常に一定のミドルハイペースを維持している。昼間のやる気の薄い感じからは想像がつかない雰囲気だ。

 こちらの戦意が完全に喪失したのは、彼のつまみの頼み方だった。通常ならつまみを頼む時はさっぱり目⇨焼き物⇨揚げ物⇨〆と固定的なパターンがあると思う。つまみの頼み方でエンディングまでの時間が読めるものだ。しかし彼の注文の仕方はさっぱり⇨焼き⇨揚げ⇨焼⇨揚⇨焼⇨揚⇨揚⇨焼⇨ ‥といった具合。起承転結がなくエンドレスの底なし沼なのである。本人はそれが楽しいのかもしれないが、終始この調子では部下からは逃げられるだろう。少しは酔っていただいて疲れていただきたいのだ。でないと相手するこちらが強く疲労する。

 極めつけはお会計だ。全額自腹かと思いきや一部を部下に支払わせていた。‥悪いけどもうお付き合いすることはあるまい。相手に強要するとかありきたりのハラスメントはないのだが、新しいタイプのアルハラであるように感じる。当方は一滴もアルコールを飲んではいない。

 4時間続き、帰宅時間は10時を回っていた。そこから猛烈に準備を始めた。3月以来の磯上物だ。久しぶりの急いで高速道路に駆け込む。

だがスピードが、出ない。足に力が入らないのだ。

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